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  • 執筆者の写真takashi suzuki

法泉寺・久昌寺・円融寺・大淵寺

「あの花」「芝桜」で有名な、御花畑駅すぐそば一代技術士事務所です。


二十四番法泉寺から二十七番大淵寺に行ってきました。

武甲山の眺めもこれまでの正面から裏側に移ります。

二十四番法泉寺ですが、長い長い石段を上ると正面に観音堂が見えます。

息が切れます。

お堂の裏手には小さな神社があります。

越中立山、加賀白山を中心に活躍した泰澄大師という修験僧がこの地にたどり着き

ある夜、天照大神が現れ、それだけでもありがたいのにまた3人の神様が現れその1人が「我はこの山の奥に住む白山姫の神である」と名乗ったそうです。

白山信仰(石川県、福井県、岐阜県にまたがる白山に関わる山岳信仰)がこの地にも来ていたことがわかります。


二十五番久昌寺ですが観音堂の背後に大きな弁天池があります。

播磨国(兵庫県)性空上人が秩父札所を巡った時、閻魔大王から授かった石の手判を25番に納めたといわれているため御手判寺とも言われています。

現在は医学が進み子供が生まれる前に障害を持って生まれてくる可能性があるかどうか

わかる時代です。私の次女も障害を持って生まれてくる可能性があると言われました。

あくまでも可能性で、障害は持たずもに生まれてきましたが、当時精神的に若かった私と家内は受け止めきれず札所巡りをすることで心の救いを求めました。

ちょうどこのお寺に来たとき、障害をもった子供連れの家族に出会いました。

そのときに自分は情けない気持ちになり、障害を持って生まれてこようが生まれてきた子供は大切に育てようと覚悟ができた瞬間もこのお寺です。


二十六番円融寺ですが、観音堂は本堂からは離れた山の中にあります。岩場のところに舞台がせり出すようにお堂が建てられています。


二十七番大淵寺ですが、かつては観音堂は山の上にあったらしいのですが大正8年(1919年)に蒸気機関車の煤煙による火災で焼失したそうです。現在は本堂裏手の一段高い所に観音堂が再建され、以来ここに安置されています。


一代技術士事務所 鈴木

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