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  • 執筆者の写真takashi suzuki

つくる責任 つかう責任  渋沢栄一「論語と算盤」より

人が、企業が、よく生きるにはどうしたらよいのでしょうか。2021年大河ドラマ「青天を衝け」の主人公である渋沢栄一。わが国の「資本主義の父」と評され、新一万円札の肖像に使われることでも注目されています。つくる責任とは資本主義の責任とも言いかえることができます。その渋沢を500ものの企業や団体を作った実業家としてではなく、渋沢が著した「論語と算盤」より社会思想家として見ると、そこにその答えのヒントを見いだすことができます。


 

ご存じの通り、2015年9月国連によって国連持続可能な開発サミットが開催され、持続可能な開発のための2030アジェンダが採択されました。このなかで定められた、人間、地球及び繁栄のための行動計画としてSDGs(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標))が世界中の全ての社会活動の座標軸に据えられることになりました。具体的には2030年までの向こう15年間で達成するために掲げた持続可能な社会を実現するための17の目標と169のターゲットから成り立っており、その中心には、「地球上の誰一人取り残さない(leave no one behind)」という思想があります。つくる責任 つかう責任はその12番目の目標です。


 

では今なぜSDGsが声高に叫ばれているかということですが、大きく二つの持続可能性が脅かされているからとされています。それは資本主義経済がもたらしたCO2排出量の増加による温暖化、森林の砂漠化、水不足といった地球そのものの持続可能性と、短期的な利益だけを意識しすぎた企業がもたらした格差社会、働きがい問題といった資本主義自体の持続可能性です。つまりわれわれは行きすぎた資本主義経済の終焉を感じ、企業の存在意義に倫理的な疑いが働いたのでしょう。こうした流れに歯止めをかけようとする動きが「地球上の誰一人取り残さない」というスローガンを掲げたSDGsなのです。SDGsという運動は、人が、社会が良く生きるにはどうしたらよいのかを問い直し、人の幸せというものを改めて見直し、われわれの手を離れて自律的な運動システムになってしまった世界をもう一度われわれ自身の手で取り戻そうという人間性回復の運動といえます。

渋沢が著書「論語と算盤」で、主旨として述べているのが「道徳経済合一」という理念です。渋沢は実業家として活躍するなかで、公益を追求する「倫理」と合理的な価値判断の根底にある「利益」の両立を常にテーマとし、道徳と経済は両立できるという社会思想を唱えました。「論語と算盤」には次のような一文があります。“ソロバンは「論語」によってできている。「論語」もまたソロバンの働きによって、本当の経済活動と結びついてくる。だからこそ「論語」とソロバンは、とてもかけ離れているように見えて、実はとてもちかいものでもある”1)。渋沢は、「倫理=道徳」と「利益=経済」というトレードオフの関係にありそうな2つの概念を本質において矛盾しないものであり、さらに両者は相一致し不可分であり、一方がなければ他方が成り立たないと説いてます。資本主義経済において企業の目的が利益の追求にあるとしても、その根底には道徳が必要であり、国ないしは人類全体の繁栄に対して責任を持たなければならないという意味が「道徳経済合一」には込められています。渋沢のこの思想は現代のSDGsにつながると思いませんか。


 

SDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」は持続可能な生産消費形態を確保することを目的としています。つまり少ない資源でより多く、より質の高いものを得られるような生産と、普段から余分に購入し過ぎない、できるだけ使い切るような消費のパターンを作り上げることを目指しています。一方、それを阻む要因の一つに、つかう責任、食品廃棄や有価物の投棄などわれわれ消費者の行動が挙げられます。われわれ消費者の行動すべきヒントとして消費者庁では「エシカル消費」2)を奨励しています。「エシカル消費」とは道徳的消費、倫理的消費という意味で、消費者それぞれが各自にとっての社会的課題の解決を考慮したり、地域の活性化や雇用なども含む、人や社会・環境に配慮した暖かな人を思いやる気持ちをもった消費活動を行うことです。具体的には障がい者福祉支援につながる商品、フェアトレード商品、地産地消、被災地産品を優先的に購入することなどが挙げられます。「論語」においてももっとも大切な概念に「仁」、つまり暖かな人を思いやる気持ち、まずは個人としての心が大切だと説いています。


 

渋沢のもうひとつの顔は、福祉事業家としてその生涯で600ものの事業を立ち上げたことです。「貧しい人を助けることは、日本の資本主義を豊かにするためにも、必要なこと」という想いが彼の基盤にはありました。例えば鹿鳴館で貴婦人たちによるチャリティーバザーを開くなど、自分にとっては不要なものでも、他の誰かにとっては必要なものかもしれない。買ったけれど使わなかったものや、引っ越しで使わなくなったものなどをメンバー同士でお譲りするイベントを企画しました。まさにSDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」への取り組みのさきがけとも言えます。


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「論語と算盤」が著された大正5年はどのような時代であったかというと第一次世界大戦の真っ最中、世界が戦争で疲弊するなか、戦争の被害を受けなかった日本が大戦特需により動揺した感情状態になっていた時代でした。地球環境を破壊しながら格差社会に突き進む現代に似ていたかもしれません。利益を追求する行動が社会を発展させていきます。しかしその行動は極端に利己的になった場合など、環境破壊や格差社会など不安定な社会を生み出すことになります。「論語と算盤」の論語の部分は、SDGsでは「誰一人取り残さない倫理性」、算盤の部分は「新しい需要や価値を見つける収益の探究」に重なります。

100年以上も前から既に彼はこうした資本主義が持つ問題を見抜いていたのかもしれません。そして人が、企業が、良く生きるにはどうしたらよいのか知っていたのかもしれません。


 

1)渋沢栄一,守屋淳訳,“現代語訳 論語と算盤,”第1版,ちくま新書,(2010年)

2)消費者庁,https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_education/public_awa-reness/ethical/about/


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